Mana Shimozato

ここから、さらなる挑戦が始まる。

下郷 愛奈新入社員
入社年月:2021年4月
大学:日本女子体育大学 体育学部
趣味:パズル、映画鑑賞
特技:水泳
好きな言葉:起死回生(一度失敗しても絶対成功すると思って行動するようにしています)

春を捧げた水泳人生

生後6ヶ月から始めた水泳。3歳のときには「オリンピック選手になりたい」と言っていました。家族や親戚が水泳をやっていたこともあり、ごく自然な流れでその世界の頂点を目指すようになっていたのです。まわりの友だちが遊んでいるなか一心不乱に泳ぎ続け、小学校高学年ではジュニアオリンピックの舞台に立ち、中学・高校ではリレーで全国大会に出場。何度も表彰台に立ちました。もちろん、いいことばかりではなく、小学生のときから通っているスイミングクラブでは、大学生に荷物を隠されたり嫌がらせを受けていました。成績は良いけど、もともとの性格で私はいつもコーチに意見し、納得いかなければ提示される練習メニューに従わなかったせいかもしれません。その態度を生意気だと思われていたのでしょう。泣きながら家に帰る日々。でも絶対に負けたくなかった。強くなって見返してやると思っていました。と言っても相手は大学生。怖くもありましたが、私が気丈でいられたのはコーチの存在があったから。コーチは私に言っていました。「今度、何か言われたら『すみません。私、天才なんで』と言い返せ」と。厳しくもありあたたかくもある、親以上に私のことを真剣に考えてくれるコーチを、私は心から尊敬し、そしていつしか私の夢は「選手」ではなく「指導者」となっていきました。

の財産

大学でも水泳を続けましたが、病気が原因で選手としての継続を断念することに。水泳しか知らないと言っても過言ではない人生。どうしたら良いかわからず腐りかけもしましたが、嫌いになるくらいだったら好きなままやめようと決断したのです。それに私には「指導者になりたい」という夢もありました。私が今まで命を注いでやってきたことは決して無駄じゃない。ここまでやってきたからこそ、迷いなく次の道へ進む決断ができたのだと思います。それからは、指導者の道を進むべくスイミングクラブのコーチのアルバイトに励みました。私が担当したのは幼稚園児だったのですが、これがまぁ言うことを聞かない。クラブの方針で怒ることは禁止されており、たとえばプールサイドを走る子どもがいても怒らずに言い聞かせなくてはいけない。また外では保護者たちが見学していて、全員を平等に補助し、見ていかないと「なぜうちの子を見ないのか」と言われる。指導者って、早く泳げるようになるために教えるだけじゃないんだ。言葉一つこんなに気を配らないといけないんだと知り、自分の選手時代、どれだけコーチが自分に対する一言ひとことを考えてくれていたのかを身をもって実感することができました。選手として、コーチとして、私が水泳を通して得た経験はなにものにも代え難い財産になっています。

らなる挑戦が始まる

そんな私がなぜ、不動産会社を選んだのか?水泳の指導者の道ではないのか?就活中、何度も面接で聞かれました(笑)。答えは意外とシンプルで家族が自営で賃貸業を営んでいるからです。幼いときから、水泳と同じくらい不動産は身近にあったんです。競うことで成長し、評価される「営業」という職種にも魅力を感じていました。そして出会ったのがリビングコンシェルです。一目惚れでしたね。他社との差は歴然でした。学生一人に対する情熱がまるで違う。帰るときなんて、一学生の私に対してずっとお辞儀をしてくれていました。一番驚いたのは、社長が社員の個人的な夢、たとえばカフェをしたいとかを語り、それを本気で応援してくれていること。社長が一社員の夢をこんなふうに語れるなんて!しかもカフェって不動産、全然関係ないし!私はこの社長の元で働きたい。心は決まりました。リビングコンシェルは、これからどんどん事業展開していこうとしていますが、私はそれを全部経験して不動産のプロフェッショナルになる。そして、次に社長を任せるなら下郷だよなってみんなに認めてもらえるような人になりたい。かつて物心つく前から水泳のトップを目指したように、次はここで、頂点を目指します。
私の、さらなる挑戦が始まります!